あにろっくのブログ

誰かの明日への生きる力になれたらと思います。いやまじめか!

くもの糸(4)

 いつものラジオ局に周波数を合わせる。番組のジングルが流れ、DJのタイトルコールとともに始まった朝のラジオ番組。最近はどこの番組もSNSを駆使していて、番組のSNSで曲をリクエストするのはもちろんのこと、曲紹介、DJや番組ディレクターからのお題を答えたりもする。また、ゲスト出演したお笑い芸人やアーティストの番組宣伝にも活用されている。番組リスナーは自分がつぶやいたものが採用されると、読まれた喜びと達成感で何とも言いようのない幸福感でいっぱいになるのだ。番組の今週のヘビーローテーション曲のあと、悩み相談コーナーになった。DJが「SNSネーム、スパイダーさんからです。僕は今、恋をしています。彼女と付き合いたいと思っているのですが、でもその彼女にはどうやら彼氏がいるようなのです。彼女に好きという気持ちを伝えるべきか悩んでいます。どうしたら良いでしょうか。という相談です。」

そう言ったあと、続けて「僕もね〜学生の頃、好きな女性がいて、スパイダーさんと同じで、告白しようか悩んでたんだよね〜。で、結局告白しなかったんだけどさ、今でも後悔してるね〜。」そう言うと、番組のSNSにハートマークが次々とカウントされていく。「みなさんは、告白すべきかどうかSNSのアンケートに答えてください。結果はCMのあと、発表します。」とDJが言ったあと、リスナーのリクエスト曲が流れた。曲開けに再びDJが、「さあ先ほどのアンケート結果ですが、YES告白すべきが62%、NO告白しないが26%、分からないが12%でした。なるほど〜僕は少数派だったんだね。スパイダーさん、参考になりましたか。告白するかどうかは、もちろんスパイダーさん次第だけど、もし告白したら、その結果を教えて下さいね。」

「さあ次のリスナーさんはくらうどさんからのメールです。え〜、DJさん、いつも楽しく拝聴しています。さきほどスパイダーさんの告白の件ですが、私は反対に投票させていただきました。なぜなら、彼氏がいるかも知れないのならまず、彼氏がいるのかどうかを確認してからでも遅くはないと思うのです。いるかどうかもはっきりしないのに告白するのは、ちょっと酷なような気がします。なるほどね〜、まあ確かに彼氏がいるかはっきりさせてからっていうのも遅くはないよね。ちなみにくらうどさんはそういう経験あったりするのかな。ぜひ教えて下さい。え〜それでは次の曲を聞いてください。」きのう公開された映画のタイアップ曲が流れた。再びこの番組のSNSのいいねが増える。コメントには、「えー、待ってる時間がムダだよ」とか「スパイダーさん、告白大変かもだけど、応援しています。」や「後悔したくなかったら告白したほうがいいんじゃね。」など意見はさまざまだ。さながらファストフード店で学生がああでもない、こうでもないと語り合っている光景が目に浮かんだ。本来は自分にとって、どうでもいい他人のことを昔からの友達のように心配するやり取りを、スマートフォンの画面で見ている。なんとなく、私もコメントをしたくなってタップする。「スパイダーさんの告白の件、結局は本人次第ですけど、好きだと伝えることは悪いことではないですよ」と送信する。すると、私のコメントにいいねが押されたあと、数分後にスパイダーさんからダイレクトメールが届いた。「初めまして、コメントありがとうございます。そうですよね、自分の気持ちを伝えることは悪いことではないですよね。」私もいいねを押す。画面を押す指が少し震える。赤の他人のコメントを読んで返してくれるなんて思っても見なかったからだ。それまで私はSNSとのつきあい方としていいねしか押してこなかった。だからこの状況に少し困惑した。見ず知らずの他人のコメントにいいねは分かるけど、DMしてくるなんて。しかし、いいねだけだとバランスが悪いので、私も初めてDMを送ってみた。「初めまして、こんな私にわざわざDMありがとうございます。私も昔、似たようなことがあって、うっかりコメントしてしまいました。あまり気になさらないでください。」するとまた続けて、スパイダーさんが「そうだったんですね。でも、とても嬉しかったです。ありがとうございます。」そんなやり取りがあったあと、なぜか「今度よかったら、お会いしませんか?」とスパイダーさんが送ってきた。

え?会う?急な展開に驚いた。頭の中では変なものを売りつけられるのではないか。怪しい宗教に勧誘される手口なのではと疑った。でもその時は、好奇心が勝ってしまい「いいですよ。会いましょう。いつにしますか?」と送った。「今度の土曜日か日曜日の16時、駅の銅像前はどうでしょうか?」とスパイダーさんから返事が来た。「では、日曜日の16時に。」そして、約束の日曜日を迎えた。駅に15分前に到着した。コンビニでホットコーヒーを買う。カップに注がれるコーヒーから湯気が立ち、香りがを通過していく。出来上がりましたと液晶に表示され、カップを手に取る。自動ドアが開き、店内を出てひとくち、コーヒーを飲む。心臓が高鳴っていた。不安というより期待が大きい。私の想像するひとであってくれという願いなのかもしれない。約束の時間になり、一人の若そうな男性が近づいてくる。「あのう、てふてふ(ちょうちょう)さん、ですか?」空のカップを握る。「はい、てふてふ(ちょうちょう)です。スパイダーさんですね?」と私が言うと、彼は微笑んで「そうです。なんか不思議ですね、初めてお会いするのに初めてじゃない。しかも想像通りの方です。」私はどちらかと言うと見た目は想像とかけ離れていたので、「そ、そうですか?私はなんか、スパイダーさんは想像と違ってました。もっと華奢な方かと思っていました。」「バスケをやっているので、けっこう筋肉ありますよ。それより小腹、空いてませんか、どっか喫茶店入ってそこで話しましょうよ。」初対面で会ってすぐに喫茶店に入る。はたから見ればこんなのマルチの勧誘そのものだよな、と思いながらも彼の言われるまま「蜘蛛の巣」という喫茶店に入った。