あにろっくのブログ

誰かの明日への生きる力になれたらと思います。いやまじめか!

『青春やりなお』5

俺は死んだ。そして、気がついた時には中学1年生の自分に戻っていた。いま、目の前では新入生に向けて、部活動紹介をしている先輩たちがステージに立っている。そうだ、俺はここでキラキラ輝いて見えたハンドボールに興味を持ち翌日、入部希望届けを提出したんだった。「そういえば、もしここで違う部活動を選択していたのならば、俺の人生、少しは変わっていたのかな」

思えば、10年という時間を部活動に費やしてきた。その間、異性、漫画、音楽、洋服など自分の好きなものを犠牲にしてきた。じゃあハンドボールに関わる仕事に携われたかというと、全然そんなことは無かった。

「よし、大嫌いな先輩がいるけど、2周目の人生では野球部に入部してみるか!」こうして、俺の青春のやり直しが始まった。

次の日、野球部に正式入部となった。連日、球拾いと声出しばかりで辟易(へきえき)していた。隣のコートでは、ハンドボール部の1年生が試合形式で練習をしている。マイナースポーツあるあるで、部員が少ない部活動は1年生でもレギュラー入りなんて珍しくないのである。「野球部もサッカー部もこの大人数の中から選ばれて試合に出るのか、一瞬たりとも気が抜けないな」今までそんなことを思ってもみなかった。立場が変わると見方も変わるのだ。

ウチの野球部はヤンキーが多い。部活が終わると部室で後輩の「指導」が始まる。この「指導」とは野球の指導とは別物で、先輩たちも当時の先輩たちから行われていた暴力である。今日もやれ声が小さい、態度が悪い、挨拶ができていないなど、あることないことをこじつけて俺たち1年生で憂さ晴らしする。顔は殴らない、バレないように首から下を殴られる。だからいつも体はあざだらけだった。指導が終わりヤンキーたちは学校近くの駄菓子屋でたむろする。駄菓子屋の陰ではタバコを吸ったり、彼女とキスをしている先輩もいた。俺たちは「さようなら!」と大声で挨拶しその横を通り過ぎる。「あと2年経てばこいつらとはおさらばだ」野球部に入って大失敗だったが、ここで学んだこともある。

それは、圧倒的な後輩力だ。服従心と言い換えても良い。野球部では上の命令は絶対で、少しでも目立ったり格好つけたりすると後で呼び出されて殴られる。常に周りの目を気にしてその場の空気を読み、先輩が求める答えを導き出す。それはさながら、会社での立ち居振る舞いに似ている。社会に出ればきっと模範的な、上司に好かれる会社員になっているに違いない。マイナースポーツの部活動にいた頃は、先輩の数も少なく優しい先輩だったこともあり、先生に認められればレギュラーになれた。会社員時代も上司や先輩から教えられたことを自分なりに消化し、時には上に盾突いて成果を上げてきた。よって会社員としては、不合格の烙印を押された。会社員というものは代替が利くものでなければならない。野球部では会社員としてのスキルが自然に身につくのだ。「以前の俺には服従心が圧倒的に欠けていたのだな」と妙な納得感を覚えた。

 野球部を選択した俺の第2の人生。なにか劇的に変わったかと言うとそうでもなかった。元号が変わり、国を分断していた壁が取り壊され、企業のお偉いさんが政治家に不正なお金を渡し、見返りをもらう。時代が変わってもやっていることは変わらない。変化したことといえば、やはりカラダだろう。卒業する頃には身長が10センチも伸びた。ニキビもできて、見た目をとても気にした。異性に対しての性欲に近い感情が湧いてきて抑えられない。結果として女子と衝突する男子もいた。成長するココロとカラダに感情が追いつかなくなっているのが、今ならはっきりとわかる。そしてついに、思い出の彼女とやり直すチャンスが訪れた。

彼女は小学生の時から幼なじみで、前世では同じハンドボール部だった。帰りも途中からいっしょに自転車で帰っていた。かわいいなとは思っていたが、別に異性として好きという感情はなかった。中学生にもなると幼なじみでも互いに性別を意識してしまう。昔は彼女より俺のほうが背が低かったが、今では頭ひとつ分高い。彼女が少し見上げるように話す。「ほんと背伸びたよね」彼女の微笑みになぜか心臓が高鳴っていた。自転車を押して歩きながら昨日やっていたトレンディドラマの話をしたり、互いの部活動の話で盛り上がった。彼女の家まで数十メートル来たところでふと気づく。「ここで彼女に告白したら人生どうなるのだろう」立ち止まると彼女が「どうしたの?」と言った。「あのさ、前から……好きだったんだ。つきあってくれないかな」彼女は俺の突然の告白に驚いている。少し間が空いて「いいよ。」と言った。俺は自分の自転車のスタンドを掛け、彼女の両手が自転車のハンドルで塞がっていることをいいことに、彼女の唇に顔を近づける。戸惑った表情の彼女は観念したのか、少し顔を上げ、目を閉じる。柔らかな彼女の唇から彼女の体温が伝わる。

すぐに唇が離れて「先帰るね」と言って彼女は自転車にまたがり帰っていった。次の日もその次の日も彼女と部活帰りに学校のずっと先の方で待ち合わせをして一緒に帰る。学校から離れた場所で待ち合わせをする理由は、付き合っていることをバレたくないからだ。幸いにも俺と彼女の方角に帰るやつは同学年にはいない。自転車を駐める。缶ジュースの自販機が数台並んでいて、その裏が少し広くなっている。あたかもカップルのために設けられた特等席のようになっている。そこで今日は二人の好きな曲をポータブルCDプレーヤーで聴く。一つのイヤホンをLは彼女の左耳、Rは俺の右耳に。マッキーの曲が流れる。彼女の冷えた手を俺の制服の右のポケットに入れて温める。ポケットの中で恋人繋ぎになっている彼女の左手を少しだけほどいて、俺の親指で彼女の親指の爪をやさしく撫でる。誰も見ていないことを確認して、彼女の上唇に俺の上唇と下唇で挟むように軽く触れる。それから舌を入れようとしたが、さすがにエロオヤジのする所業だと我に返り自制した。曲が終わると同時に2人とも立ち上がり、再び自転車のペダルを漕いで家路を辿った。

その後も彼女との関係は順調だったが、野球の方はからっきしだった。もともと野球に興味がないのだから無理もない。今日も放課後いつもの練習メニューが始まり、外野の守備につく。監督が打ち上げたフライ球をキャッチする。中学の野球で使用する球は硬球だ。当たったら相当痛い。そんなことをキャッチする直前に考えたのだから補球できるわけもなく、見事に俺の頭頂部に激突。その強烈な痛みで意識を失ってしまった。