あにろっくのブログ

誰かの明日への生きる力になれたらと思います。いやまじめか!

僕のご主人様は。5

朝、目が覚めると、隣に女性が寝ていた。「あの、すみません。起きてください。」僕は彼女の体をゆすって起こした。「ん〜。」彼女は起きたてで開かないまぶたをほんの少し開け、僕を撫でた。頭を3回撫でてから僕の両方の頬を指で軽くつまんでくるくる回し、満足したのかその指を離した。「おなか、空いてるよね。」彼女はそう言って、朝食をつくってくれた。「おいしい。」いつ振りの食事だろうか、とんと記憶が無い。それにしても彼女はボブの髪型が似合っていて、お尻が大きい。僕の好みだ。少しいやらしいことを想像しながら、呼吸が乱れるのだった。

「きのうのこと覚えてる?」と、彼女は僕に尋ねる。「いや、何も覚えてない。っていうか、僕は誰?」「え?冗談でしょ。そういうのいいから。どうせ帰りたくない口実でしょ。まあいいわ、あなたのこと嫌いじゃないし、フッ、記憶が戻るまで泊めてあげる。その代わり、部屋からは一歩も出ないで。いい、分かった?返事は?」と、彼女は理不尽なことを言っているが、しかたがない。どうせ記憶が消えてしまっているのだから、言うことを聞こう。」少し間があって、「はい。」と僕が言う。朝食のあと、彼女が身じたくを整えている間、僕が部屋の中をウロウロしていると、「ちょ、じゃまー、お昼は朝の残りがあるから、大丈夫ね、その代わり夜ごはんは美味しいの買ってくるから。いい子にして待っててね。じゃ、行ってくるね。」と仕事に行ってしまった。テーブルの上には鏡とメイク道具。置きっぱなし、洗濯物も干しっぱなしだ。片付けようと思ったが、下手なことをすると叱られそうなのでやめた。そういうところは鼻が効くのだ。それにしてもこの感覚、前にも味わったことがあるような気もするが、思い出せない。起きたばかりだが、どうにもこうにも腰が痛い。天気のせいなのか、頭も重い。彼女の残り香のするソファに座っていると……。「ま、眩し。眩しい…」「起きて、起きてーほら、夜ごはんだよ。おなか空いてるでしょ。買ってきたよ。ほら、食べな。」仕事から帰ってきた彼女だ。彼女は僕は見るなり、ニコッと笑顔になる。すると僕もニコッと笑顔になる。幸せな時間だ。寝てただけでも腹は減る。彼女は風呂の栓を締めて、湯はりのスイッチを入れる。彼女は上着を脱いで、シャツのボタンを外し、メイクを落とし始めた。ファンデーションの付いた汚れたコットンをゴミ箱に捨てて、残りの服も脱いで洗濯機に投入。彼女は風呂へ向かう。「からだ洗ったげるから、一緒に入ろ。」僕もついていく。お湯と彼女の手がとても温かく、気持ちがいい。僕は湯船が嫌いなので、シャワーですべての泡を洗い流してもらう。彼女にバスタオルで拭いてもらい、髪を乾かしてもらう。僕も彼女の髪を乾かしてあげようとすると、「いい、自分でやるから。」髪を乾かし終わるとそのままリビングで一緒にテレビを見る。

「今日ね、仕事で失敗しちゃった。大切なお客さんとのアポイント取り付けていたのに、すっかり忘れてて、契約取り逃しちゃった。何やってんだろ、わたし。」彼女は僕を撫でながら、うっすら涙を浮かべている。「そっか、でも、君らしくないミスだね。もしかして、僕の・・・」と言おうとした時、「今日はあなたがいてくれてよかった。こうやって話を聞いてもらえるだけで気持ちがスッキリした。ありがとう。」そう言って彼女は歯磨きをしに洗面所へ向かう。磨き終えると、ベッドに横になる彼女。「一緒に寝よっか、おいで。」と言った。僕は喜んで彼女の布団にもぐり込む。彼女は温かくて柔らかい。ただ、手足はかなり冷えていて僕を抱え込むようにして眠りにつく。僕はそんな彼女の右耳と首筋を舐める。化粧水の苦い味が僕の口内に広がる。それから頬と鼻、最後におでこにキスをして僕も眠りについた。

朝日のまぶしさに目が覚めた時には彼女は隣にいなかった。相変わらずメイク道具と鏡はテーブルに出したままだ。ふとテーブルの脚元に目をやると写真が1枚裏返しになっている。ベッドから降りてその写真を表にする。彼女と……彼女の隣には……。そう、彼女の隣には同い年くらいの男が写っているではないか、しかも彼女と頬を寄せ合ってふたりとも幸せそうな笑顔で。僕はがく然とした。その後すぐにその写真をぐしゃぐしゃに破った。ーーーやってしまった。しかしその写真はもう元には戻らない。午後7時を過ぎた頃、アパートの階段を上がってくるヒールの音、彼女が帰ってきた。僕は玄関に駆け寄る。玄関の扉を彼女が開けると僕を見るなり、僕を抱きしめる。僕は複雑な気持ちで彼女の首筋にキスをする。「くすぐったい。もうしょうがない子ねえ。」彼女が僕を撫でる。「あー、ちょっともう、写真が破れてるじゃない。」僕が黙っていると、彼女はその散り散りになった写真を拾い上げ、コピー用紙にくるんでゴミ箱に捨てた。彼女は何事もなかったように夕飯をつくる。僕も手伝おうとするが「リビングで座ってて。」と彼女。今日の夕飯はレンチンした白飯ときんぴらごぼう、そして鶏胸肉を蒸したものだ。一緒に食べていると彼女は、「明日、写真の彼がウチに来るから、おとなしくしててね。」彼女は一体何を考えているのだろう。僕という人間がいるのに、男を部屋に上げるなんてどうかしている。その夜は一睡もできなかった。朝になり、水を飲む。今日は日曜日。あくびをする。きれいめのスウェットに着替えた彼女は、「ねえ、散歩しよ。」と言った。「部屋を出てはダメなんじゃなかった?」と訊くと、「私と一緒ならいいの。」だって、ご主人様は気まぐれだ。「昨日の写真の事、怒ってる?」と訊いても、彼女からの返事はない。散歩中、彼女はすれ違いざま老夫婦を見て、「いいな、素敵だな。」と言った。どういう心情か全く理解できないが、ひたすら歩く。

「明日、あの男の人が来るんだよね?」と僕が彼女に尋ねる。「……」またもや彼女からの返事は無い。10数分後、彼女の住むアパートに帰ってきた。テレビの電源を入れる。僕の好きなお笑い番組に1番好きな芸人が出演している。ボケてツッコミを入れる。軽快なテンポで話が進む。彼女も笑う。その笑顔とは裏腹に明日を気にする僕がいる。

すっかり日が暮れて、昼食のような夕飯を食べる。今日も彼女が料理の腕を振るう。大きめのボウルに豚の挽肉と刻んだ生姜と千切りキャベツ。そこに中華スープの素とコショウを投入。彼女の細い指からムニムニとギョウザのあんが出てくる。あんを少し置いてなじんだら、皮で包む。手の平に皮を乗せて、バターナイフでギョウザのあんをすくい、皮の中央に乗せる。それらを手の平で包み込むようにして閉じ、指に水をつけて皮の周りをぐるりとし、ヒダをつくって口を閉じる。美味しくなるかは分からないが冷蔵庫に入れて熟成させる。IHコンロの上にフライパンをセットする。フライパンから煙が出たらゴマ油を少し入れる。香ばしい匂いに包まれる。ギョウザを全部で10個フライパンの円形に合わせるように敷きつめる。ジューという音とはねる油。ギョウザに焦げ目が付いたらそこに水を加えて、直ぐに蓋をする。蒸し焼きにするのだ。コォーとさながらダースベイダーの呼吸のよう。弱火にして5分ほど蒸し焼きにすれば完成。お好みのタレを付けて熱々を頬張る。パリパリの皮に豚肉とほのかに香る生姜とコショウ。彼女は大好きなビールと一緒に味わっている。「なかなか上手に出来たよね。」と彼女はとても自慢げだ。