あにろっくのブログ

誰かの明日への生きる力になれたらと思います。いやまじめか!

Mくん

 私には小学校から長く付き合いを続けているMくんがいる。昔は(今から40年以上前)知的障がいとか発達障がいという言葉が出回っていなかった時代に、普通のクラスで授業を受けていた。その頃は「知恵遅れ」と呼ばれていた。Mくんは今で言う知的障がいがあり、どもり(吃音)があったが普通に話はできた。しかし、文字の読み書きや計算は難があった。だからとにかくからかわれたり、バカにされたりしていた。それでも小学校では暴力を振るわれることはなかった。私も初めのうちはからかったり、ケンカをしていたこともあったが、小学5年生くらいで、自分たちが大人になった時、きっと後悔するだろうと思って、それからは普通の友達として対等に付き合うようになった。中学に入ると他の小学校からやってきた事情を知らないやつが馬鹿にしたりいじめることがあったが、同じ小学校からの付き合いがある同級生でなんとかフォローしていた。Mくんはとにかく素直で、スケベで明るい。下級生からもいじられる存在だった。色黒で背が小さくとにかくじっとしていられない。授業中出歩くことはなかったが、とにかく勉強ができなかった。それでも中学を卒業すると、瓦屋に就職することができた。それから、私も会う機会がなくなり彼のことを忘れていたのだが、大学を卒業してから偶然コンビニで出会う。さらに真っ黒に日焼けして、口の周りに髭を生やし頭は軽く禿げ上がっていた。見た目こそおじさんになっていたが、話してみると中学の頃のままだった。いまは父親の造園土木業を手伝っているみたいで、日に焼けていたのだった。運転免許を取得しに教習所に通ったこともあったが、教習所の指導員が音を上げたのか、Mくんが辞退したのかは分からないが、運転免許は取得できなかった。

 そんな彼からの最近のLINEは「しごとやめて、なにっやっの」だった。「会社をやめて、なにやっているの」だと思うのだが、障がいのせいである。それでも、私に文字を打ってくるのだからとても嬉しくなった。彼の親はまだ元気であるが、彼を残してこの世を去るのはさぞかし心配だろう。それでも彼がいつもと変わらぬ態度で連絡をくれるのは、親御さんの頑張りのおかげである。彼の笑顔は母親譲りで顔もそっくりである。身近に障がいを持っている人がいる環境のおかげで私は、助け合いとか思いやりを自然と身に付けていったのではないのかなと思う。極端な表現かもしれないが許してほしい。障がいを持っている人がいることで、その障がいをケアする人や団体ができる。雇用も生まれる。研究や学問も生まれたりする。障がいは特別なことではないし、まして分け隔てるものでもない。視力が落ちたら眼鏡を掛けるように、障がいを持っていてもごく自然にサポートが受けられる世の中がいい。いいに決まっている。